「脳は何かと言い訳する」 池谷裕二

精神ってなんだろう。

心ってなんだろう。

長年考えてもわかりません。

そんなこともわからないのかといわれそうですが、わかりません。

よくわからないけど、例えばこういう症状にはこういう薬が効くから勧めてみるとか、こういう見方もできるんじゃないかといった提案とか、なんとなく寄り添うようなことはして来ました。

人間は自然治癒力があるので、時間が経つだけでよくなる場合も多いので、自分がどれだけ役に立てたのかも、正直よくわかりません。

こんな状態なのでいつも悶々としているわけです。

そんな時出会ったのが、こちらの本。

脳と体と心の関係がわかりやすく書かれています。

自由意志ってあるように思ってるけど、実際は「たまたま」みたいです。

たまたまそういう要素が重なって反応したというところらしいです。

昨日でなく今日やるのもたまたま。

赤ではなく青を選ぶのもたまたま。

たまたま神経細胞位のゆらぎがそうだったから反応した、みたいですよ。

自由意志はないけど、自由否定はできるそうです。

いけないことは止められるということです。

例えば「たまたま怒りたくなった」けど、「怒らないようにする」ことはできるのです。「言いたいことをぐっとこらえる」も、自由否定です。

個人だけをみれば、活発にゆらいで反応するのが楽しそうですが、集団でみた場合、それだけでは、全体としてよくないことも出て来ます。

全体によくないと、個人が依るべき社会が崩壊し、北斗の拳みたいな世界になってしまうのです。みんなそれは嫌ですよね。自分は嫌です。

だからルールは大事。自由否定はルールを守り、社会と個人を守るものなのです。

倫理もおそらくこの範疇。「人に優しく」は「人に優しくしないことをしない」が本来の意味かもしれません。自分も優しくしないで欲しくないですからね。

ルールがいきすぎる時は、多分「誰かの自由意志」の影響です。その人あるいは組織にとってそれが「益」があって、他の人たちも、それに従った方が「益あり」なんだと思います。

誰かの「益」ばかりを優先し、それを否定することができなくなると、社会も個人も細りますよ。そんな国も企業も列挙にいとまがありませんね。

自由否定も個々の活発なゆらぎがあってこそ意味があると思います。キョロキョロしたりフラフラしたりして、活発にゆらごうと思った次第です。

あと、やっぱり身体が全ての元なんだなって思いました。脳も身体の一部ですからね。脳の反応を、つまりは精神を健全に心地よいものにするには、身体を健全に保つのが一番なようです。

しっかり寝て、栄養のあるものを食べて、運動するのが、心には一番効くように思います。

自分でやってみたら、しっかり効きました。皆さんも是非試してみて下さい。